津々堂・電子図書館

灰燼(中)の五

 「茂、其方が身の処分について、今迄評議の凝らしたが------猛、卿(おまえ)云へ」
 父は咳払ひして、猛を顧みつ。脇息を引寄する手は頻りに打震ひて見えぬ。
「茂、貴公(おまえ)は」と猛は明らかに言ひ放ちぬ。
「貴公は逆賊に與(くみ)して------」 俯き居たる茂は屹と顔を上げ
「逆賊?西郷先生を逆賊?-------逆賊と云ふのは、役人です。大久保の奴です、乗與を挟んで
 国家の柱石を-----」
 猛は冷哂(あざわら)ひつ
「貴公は未だ其様な事を云ふ、朝敵じやから、誅に伏したじやないか」
「勝敗は時の運です」
「黙れ、茂、貴公はな、此御病気の阿爺(ちちうえ)を抛擲(うつちや)つて、逆賊に與して、
 家名を汚して、討死もせず、阿容々々(おめおめ)帰つて、親兄弟に迷惑をかけて、其で済む
 と思ふか」 茂は一言もなく頭を垂れ居たり。
「猛、其様に-----」
「阿母(おつかさん)!」 一睨して母を瑟縮(すく)まし
「茂、腹切れ!」 はつと驚きて、茂は顔を上げぬ。父は大息ついて
「今猛が云つた通じや。茂----死んで呉れ」
「茂、死んで呉れ」學も口を滑らしつ。
 父の顔、二兄の顔、等分に身やりし茂は、ほろりと落涙して、父の側にうちふるふ母の顔縋る
 が如くうちまもりぬ。
「 ? 」
 言はんとして言ひ得ず、母が唇は二たび三たび空しく動きぬ。
 母を見つめたる猛が眼は焔のごとく閃きぬ。母はぶるぶるとうちふるひつゝ、
「茂----堪忍してお呉れ」
「阿母あなたも?」 茂はさし俯きつ。やゝありて
「可愛が嶽で死ぬのだつた!」 突と立つて床の間の短刀取るより早く座に返つて
「御免-----」
 刀光きらり、腹を劈(つんざ)けば、紅の血颯と行燈にしぶきつ。

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